差し入れ

焼き芋
毎度毎度の志水さんの面会日。
前回、志水さんが「焼き芋を食べたい」と言っていたので、前日スーパーをあちこち探してみた。
涼しくなってきたとはいえ、まだ秋の初旬、しかもここは鹿児島。まだまだ暑いのである。
もともと焼き芋をたくさん焼いていないのであろう。
夕方の焼き芋がそうそうたくさんあるわけもなく、どこもすでに売り切れの状態で焼き芋コーナーは空っぽ。残りは一つもない。
仕方がないので、冷凍焼き芋を購入し、解凍した柔らかいものを、一口サイズにカットして持っていった。とはいえ、いろいろと事情もあるので、その日のうちに食べきれるよう小さなパックに小分けして手渡した。
柔らかいお芋がおいしいようで、歯の悪いばあさんでもよく噛み切れるようだ。朝食後にもかかわらず、1個ぺろりと食べてしまった。
「残りは3時のおやつにでも食べてね」と声をかけ、そのまま置いてきた。
ふりかけ
志水さんが毎回お粥ばかりでその中にふりかけを欲しがっているという話を聞いて、自分だったら毎日同じ味では飽きてしまうだろうと考え、スーパーへ焼き芋探しにいったついでにふりかけを買ってきた。
志水さんが少しでも食事を楽しめるように、定番の「のりたま」や「鮭」、さっぱりとした「梅しそ」、食欲をそそる「ごま昆布」など、数種類のふりかけを揃えた20袋個包装のものだ。これなら日替わりで味を変えることができ、お粥の時間が少しでも楽しみになればと思って購入した。
案の定、持って行ったふりかけをとても喜んでくれた。
20食分入っているタイプなので、念のため一度袋を開けて中身を確認してみた。個包装の袋を志水さんが自分で開けられる仕様になっているか、また、切り込みが両サイドに入っていて開けやすくなっているかチェックしてみた。
思った通り、両方とも切り込みが入っていたので、特に手を加える必要はなさそうだ。
このまま志水さんに渡すこととする。
なんといっても、退屈な施設の中での一日の楽しみは、こういう食事の時間が一番大切だ。
自分がもし同じような立場で、あまり食べたくもない食事をいつも出されると、元気はなくなってくると思った次第である。
施設にいてくれるのは安心だけれども、本人がストレスがたまらないよう、今後も注意していきたいと思うこの頃である。
転倒!
会話の途中でよく腕を見てみると、左上のシップの先に血が滲み出ているのが見える。
志水さんに聞いてみると、今朝トイレで転んで血が出てきたという。
どうやらトイレの出入り口の取っ手に何かをひっかけたらしく、転んだようである。
血が止まらなくなって、湿布を貼って血を止めたというのだ。
つまり、流血するのを仮止めするために、この大きなシップのテープを貼ったのである。できれば、これをリバテープのように使いたかったらしい。「はさみがあれば自分で切ったのに」と言う。
シップを外してみると、血がまたにじみ出てきている。ちょっと転んだ部分が大きな血の塊となって、破れたところだけは流血が少し見られる。
すぐに看護師さんを呼んで、手当てをしてもらった。
看護師さんも、仕事中の手を止めて慌てて手当てをしてくれた。テープを短くカットして、脱脂綿を患部にあてて素早く切り取ったテープで処置をする。
手当しながら、「こういう時には必ず声をかけてくださいね。いっつも遠慮して声出さないから…」という注意を促す。
怒っているわけではない。遠慮して声をかけなかった志水さんを今後遠慮しないですむように促しているのだ。
私も同じように志水さんに注意をする。「みんな心配するから、必ず先に看護師さんに連絡してね」と伝えておく。
志水さんは「はい。」と小さな声で返事を返す。
何にせよ、年寄りは年寄りなりに、遠慮して生きているのである。
「迷惑をかけてはいけない。みんな、この人たち(施設の職員)も忙しいのだから」
そういう思いが、いつも志水さんの中にあるような気がする。
人に迷惑をかけてはいけない、そういう思いがあるのである。
なんだか、怒るのも悪い気にさせられてしまった。
コーヒー牛乳
前回面会に来たときに、請求書と一緒に10月の献立表が入っていたものを見せたが文字があまりにも小さくてよとても読めるものではなかった。
それでも毎日どんな食事が配膳されているのかを知るにはいいことだと思った。
その献立表をもとに、メニューを「今日はこれだよ、あれだよ」という話をした。
そうすると「今朝牛乳は出てきている?」という話をしたら、「牛乳は出てきていない、コーヒー牛乳しか出てこない」と志水さんが返事する。
コーヒー牛乳しか出てこない。
「メニュー表にはほとんど牛乳と書いてあるよ」と話をすると、「他のみんなは牛乳なのに、私にはコーヒー牛乳しか出てこない」という。
志水さんも「コーヒー牛乳じゃなくて牛乳にしてよ」と頼んだことがあるけど、いつも職員に「はいはい」と返事をされるだけで、全然コーヒー牛乳から変わらないという。
おやつに関しては、以前にも不審な点があり、食べ物(食事)に関しては若干気を付けておく必要があるのかなと思うときがある。心配なので、今回はきちんと聞いてみる。
職員に「志水さんがいつもコーヒー牛乳しか出てこないらしい。今まで家でも普通の牛乳を飲んでいたので、「牛乳に変えていただけませんか」という話をしてみた。
「職員は慌てて確認をしてみます。変更は可能だと思います。コーヒー牛乳も牛乳も、対して金額も変わらないと思いますので」という一言があった。
とりあえず職員にお願いしたのであるが、帰り際に別の施設の人がドアを開けてくださったので、同じ話をしておいた。
さて、きちんと牛乳に変わるであろうか。
日常
面会時間とは実に早いものである。先月爪を切ったばかりなのに、また爪が長く伸びている。今日、面会のときに来てもらった看護師さんにお願いして爪切りを借りて志水さんの手足の爪を切る。
遺言
実は遺言書の準備を進めている。
一人になった後のことを、この1年以上ずっと話を聞かされてきた。手続きを取らねば後の祭りとなってしまうことを恐れているのだ。
私とて、いつまでもそのことを聞いているだけでは済まされない。
志水さんがきちんと、認知の入っていない(しっかりしている)状態の時に、本人の気持ちを後に残してやらねばならないと思っている。
ある程度まとまってきているため、最終確認を本人にしてみる。
「これで間違いないですか?」
足の爪を切りながら、そんな話をしてみる。
私が足の爪を切っている間に、志水さんはゆっくりと書類に目を通し、自分の思い思いの気持ちを話している。
「あなたがいてくれてよかった。これをきちんと残さねばならない」
そんなことを言っている。
私にできることはたかが知れている。言われたことを遂行するだけである。
そういえば、医師の診断書がまだ届かない。
実は先月、先生に精神鑑定をお願いし、依頼しているのである。
医師の診断書はすでに書いてもらっているものがあるのですが、最近若干物忘れがひどくなっているように感じていた点もあり、公証役場の苅山さんに相談したところ「なるべく(現在の状況に)近い状態のときの方が良い」と言われ、改めて医師の診断書を取り直すこととした。
実際に診察を受けたときの状況の報告を聞いてみると、先生から「志水さんはしっかりしているね」と言われたとのこと。付き添いに行った看護師さんからも、「私よりしっかりしているわよ」と言われた。
診断書はまだ届いていないが、認知がまだ進んでいないことの証明書の書類を待って、遺言書書類作成に取り組む予定である。
まだ先のことと考えていては何も進まない。あっという間に「死」は自分の目の前に現れる。それは自分とて例外ではない。
今、あなたがもし明日亡くなってしまったら、あなたの家族は困りませんか?
私は何を残しておくべきだろうか?
夕陽を見ながらそんな思いにふけるひととき。

